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横浜流星が空手をやめた理由はなぜ?道場や芸能界入りまでの経歴も調査

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こんにちは、あっきーです!

今回は、横浜流星が空手をやめた理由はなぜ?道場や芸能界入りまでの経歴も調査についてご紹介していきます。

横浜流星さんといえば、俳優としてドラマや映画など、数多くの作品に出演しご活躍されている、超イケメン俳優さんですよね!

あの超甘いイケメンフェイスながら、空手をやられていたというギャップでさらにかっこいいですよね。

その実力も相当のものだったとか!

しかし、現在は空手をやめてしまったそうです。

やめられた理由が気になる方も多いのではないでしょうか?

そこで今回は、横浜流星が空手をやめた理由はなぜ?道場や芸能界入りまでの経歴も調査と題してお送りしていきますのでぜひ、最後までご覧になっていってくださいね!

 

横浜流星が空手をやめた理由はなぜ?

小学6年生の時にスカウトされて以来、芸能活動と空手を両立してこられた横浜流星さん。

空手中心の生活の中で芸能活動も行っていたため、中学時代には芸能活動より空手を優先して、芝居のレッスンも休む日が多かったみたいです。

高校までも空手を続けられてきましたが、3年生時の進路決定の際には、空手を続けて格闘家を目指すか、俳優業に専念するか、大学へ進学するかという選択でかなり迷われたそうです。

そんな迷われている時に、親御さんからは「人生一度きりなんだから好きなように生きなさい」と背中を押されたそうで、その結果「今しかできないことをやろう」と決断されて芸能界への道を選択されたそうです!

やっぱり、高校3年生の時の進路決定は、今後の人生を左右する大きな分岐点の一つですし、不安がある中で、親御さんに背中を押してもらえたのは本人にとってもほっとする安心材料として大きかったのだと思います!

結果として、空手をやめて芸能活動を選択された横浜流星さんですが、きっと空手を選んでいたとしても、今のようにその道でご活躍されていたに違いありませんね!

 

那須川天心と一緒に空手をしていた?

先日のTHE MATCHでも観戦ゲストとして、会場にいた横浜流星さんですが、実は幼少期に那須川天心選手と空手を一緒にやっていたみたいなんです!

というのも、横浜流星さんが空手を習い始めたのは7歳の時ですが、那須川天心選手は5歳の時に習い始めて、同じ空手道場のそれぞれ違う支部でやっていたみたいです。

直接戦ったことはないみたいですが、少し練習したり、空手の大会の会場が一緒で話をしたりと、良きライバルとしても幼少期から親交があったようですね!

先日も、武尊選手との世紀の一戦に見事勝利して、無敗でキックボクシング選手を引退することになった、那須川天心選手と空手で親交があったのは凄いことですよね!

横浜流星さんの空手の実力については「強かったですよ。空手やってただけみたいな感じの人じゃなくて、本当に強かったんですよ。」と太鼓判をもらう程。

いや本当凄いですよね!

 

いつから芸能界を目指した?

元々、小学校6年生の時にされたスカウトがきっかけで、今の事務所に所属することになったようです。

なので、芸能界を元々目指していたというわけではなさそうですね。

中学時代では、芸能活動より空手を優先して活動することが多かったみたいで、高校へ入学してからは、モデルの仕事もある中で1年生の時に映画「リアル鬼ごっこ」で芝居デビューをしたことをきっかけに、芝居の楽しさを感じてもっと俳優業をしたいと芸能界への気持ちの強さが大きくなっていったみたいです。

幼少期から、空手と芸能活動を同時に活動されてきて、そうとう悩まれた結果の芸能活動の選択だったと思いますが、空手で培われた精神力や努力が現在の俳優としてのご活躍に繋がっているんだと思います!

 

横浜流星の空手道場や芸能界入りまでの経歴も調査

横浜流星さんが所属していた道場は、埼玉県北葛飾郡にある極真会館下総支部「松伏道場」とういう所です。

また、空手といえば、さまざまな流派がありますが、極真空手という流派みたいです!

極真空手の名門として、日本全国にたくさん支部が存在するそうです。

極真空手は顔以外に寸止めなしの打撃を行う空手で、通称「ケンカ空手」とも呼ばれるほど、空手の中でも激しい部類のものです。

小学6年生の夏休みの時に家族旅行で行った、原宿の竹下通りでのスカウトされたのが初めての芸能界入りのきっかけだったようです。

高校生までは、空手と芸能活動を両立されていましたが、より芸能活動を優先したいという気持ちから、高校卒業後は大学進学もせずに、芸能界入りをされています。

芸能活動としては、「栄光ゼミナール」のCMで初仕事をされた後、「ニコプチ」のメンズモデルに起用されるなど徐々に活躍の場が広がっていき、2011年には「仮面ライダーフォーゼ」で初ドラマ出演を飾っています!

そして、2014年には「列車戦隊トッキュウジャー」に出演されてから一気に知名度が上がって今までご活躍されています。

やっぱり仮面ライダーや戦隊ものは、俳優としての一つの登竜門なんですかね!

ちなみに、同作品で撮影された全アクションシーンは、スタントなしで撮影されたそうで、空手で培われたアクションが直接役に立っていますね!

 

格闘技選手を目指していた?

幼少期から本格的に空手を習っていく中で、K-1選手として、格闘技選手になりたいと本気で考えていた時があったのだとか。

結果的には、俳優業を選んで空手をやめていますが、空手の中でも極真空手は格闘技としての要素が強いですし、格闘技選手の中には、極真空手出身選手も多くいるので、続けていたら格闘技選手としてもご活躍されていたかもしれませんね!

また、那須川天心選手とのスパーリングをされた際には、ミドルキックを受けて「マジで強い、ほんと試合にでられるよ」と褒められるほどで、格闘技選手を目指していたのも納得の実力ですね!

現在も格闘技が好きでよくご覧になることが多いそうです。

過去には「きみの瞳が問いかけている」という映画で、キックボクシング選手の役柄を演じるために、10kg増量したり、パンチや蹴りの練習をしたそう。

役を演じるだけとはいえ、実際に格闘技選手としての経験をしたようなものなので、横浜流星さんにとっては、昔の夢が少し叶ったような気持ちもあったのかもしれませんね。

 

世界チャンピオンの強さ!?

幼少期から空手を習われていた横浜流星さんですが、2011年の中学3年生の時に行われた「第7回国際青少年大会」「13・14歳男子55kg」世界大会で、なんと優勝されているんです!

しかも決勝戦では、1本勝ちで勝利を収めています!

この大会は、空手最高峰の大会とも呼ばれているほど、凄い大会のようで、世界中の70ヵ国と地域から896名もの空手の代表選手が出場されたそうです!

日本国内の全国大会で優勝することですら相当凄いことですが、世界大会で優勝となるともはやレベルの次元が違いますよね!

率直に凄すぎますよね!

そんな優勝した背景には、週5日も道場に通って、相当練習と努力を重ねられて、7歳の始められた時から継続されてきたことがあるのですよね。

何事も継続して努力することの大事さ、すばらしさを感じることができるすばらしい功績だと思います!

 

まとめ

今回は、横浜流星が空手をやめた理由はなぜ?道場や芸能界入りまでの経歴も調査についてご紹介してきました。

空手をやめた理由には、芸能活動と両立してきた中で、俳優業に専念したいという大きな決断があったということが分かりました。

空手の中でもケンカ空手と呼ばれる「極真空手」で世界大会優勝していたというのもかなりの驚きでしたね!

空手の経験での精神力の強さや、ひた向きに努力する姿勢というのが、現在の横浜流星さんの芸能界でのご活躍へも繋がっているのだと思います。

今後ともご活躍されることを楽しみに、応援していきたいと思います!

以上、横浜流星が空手をやめた理由はなぜ?道場や芸能界入りまでの経歴も調査について最後までご覧いただきましてありがとうございました。

少しでも参考になれば嬉しいです!